スリランカの故郷と重なる、自然豊かな熊野・八尺鏡野へ。
-関東地方や新潟県を経て、那智勝浦町で暮らすことを決めた理由を教えてください。
私のライフワークであるダンスは温かい土地の文化であり、そのストーリーも太陽や自然のエネルギーと深く繋がっています。ですから、最終的に日本で暮らす土地を探す際には、自然の力を感じられる場所を求めて様々な地域を巡りました。その時、妻の実家が那智勝浦町だったご縁もあり、一度こちらへ来ることにしたんです。
自然も人も本当に素敵だったので、その後も家探しのために何度も足を運びました。ただ、商売のまちとして活気のある中心地よりも、私が求めていたのはもう少し静かで穏やかな場所でした。当時は八尺鏡野のこともあまり知らず、妻の体調のこともあって一度スリランカへ帰ることにしました。それから今の場所に落ち着いたのは、ちょうど一年前の2025年2月のことです。

-現在のお住まいはどのように見つけたのですか?
スリランカに帰ってから半年ほど経った頃、もう一度日本で暮らす場所を探すことにしました。一旦は川崎市の友人のところでお世話になっていたのですが、その際、太田地区の大泰寺で住職をされている西山さんに相談すると、「スサンタさんに合う場所がちょうどあるかもしれない」と言って、この家の家主さんを紹介してくれました。
家主さんから伺ったお話ですが、とても面白いことにこの家は、家主さんのご先祖様が昔インドへ渡って働いて、そこで得たお金で建てたそうなのです。家主さんもご縁を感じてくださり、「ダンスやスリランカの文化を紹介するために使ってくれるなら嬉しいです」と快く迎えてくれました。
伝統舞踊「キャンディアンダンス」と、地域の方々への想い。
-スリランカの伝統舞踊「キャンディアンダンス」への想いと、現在この場所で取り組んでいる活動について聞かせてください。
私の父の家系は代々、スリランカのキャンディにある「仏歯寺(ぶっしじ)」という、最も重要な寺院で踊りを奉納してきた一族でした。私たちが受け継いでいるキャンディアンダンスには2500年の歴史があり、もともとは王様の病気を治すために行われた「癒やし」の舞です。ですから、お金を稼ぐためのものではなく、人を楽しませ、心身を健やかにするためにあるものだと考えています。

ここのお店は「スリランカダンス ガーデンカフェ『すらさ』」というのですが、スリランカの言葉で「す」は「すべて」、「らさ」は「楽しいこと」を意味しています。「ここには踊りも料理も、楽しいことがすべてある」、そんな思いを込めて「すらさ」と名付けました。
「すらさ」は、多様な文化の交流の場にもなっていて、これまでにバリ舞踊や韓国舞踊のダンサーを招いてイベントを行いました。さらに、次の春頃にはインド舞踊の先生も来てくださる予定です。みなさんに見てもらいたいので、イベントは無料で開催し、紅茶やちょっとしたお茶菓子も提供しています。ありがたいことに、ダンサーの先生方もみなさん無償で来てくださり、温泉や神社など、この土地の文化を楽しんで帰られるのです。

-こちらの地域で暮らしている方々の印象はいかがですか?
今まで日本のいろんな場所で暮らしてきましたが、ここの人たちは本当に素晴らしいです。ご近所の方々は、まるで家族のように温かく接してくれます。「自分は田んぼ以外は何にも知らないよ」と仰る方もいますが、その心は本当に純粋で素敵なものだと感じます。だからこそ、そういった方々や、町から出たことがないという人たちに、いろんな国の文化を見せたいという気持ちがより一層強くなるのです。
イベントを開催したときも、最前列で目を輝かせながら見てくれたのは90歳ぐらいの方々でした。その方々のパワーに、私の方が元気をもらうくらいです。そして、ここの人々は自然と深く繋がり、自然を神様のように大切にしています。その姿勢が、言葉にできないほど素晴らしいと思いました。

自然や文化の魅力を分かち合う、温かい交流の場へ。
-「すらさ」ではお料理も提供していると思います。お店を始めたきっかけについて教えてください。
カレーの作り方は、すべて母から教わりました。父は踊りの仕事で世界中を回っていましたが、食事には非常に厳しい人でした。母は父のために、毎日3回、心を込めて美味しい料理を作っていました。私が料理を始めたのは、父が公演で家を空けた日に、母が私を呼んで「今日はあなたが何か作って」とお願いされたのがきっかけです。母に教えてもらいながら初めて作ったカレーを、兄弟みんなが「美味しい」と言いながら食べてくれたのが嬉しくて、父の出張時には自ら進んで作るようになりました。
18歳になる頃には、母の味を完璧に再現できるようになり、母から「あなたならもうどこで料理を出しても大丈夫」と言われたことが、大きな自信になっています。
私が提供しているのは、レストランの味ではなく、スリランカの「お母さんが作る家庭料理」です。朝から玉ねぎを刻み、冷凍食品や化学調味料は使わず、油も極力控えた体に優しい健康的な料理です。川崎市に住んでいた時も、私の料理を食べたみなさんが「これはお店として出した方がいいよ」と背中を押してくれました。今は完全予約制で、金・土・日の週末にオープンしています。友人の家にご飯を食べに来るような、温かい気持ちで立ち寄ってもらいたいと思っています。

-この土地で、今後どのように暮らしていきたいですか?
地元の人がまだ見たことのないものを見せ、東京や外国にいる友人たちにもこの土地の素晴らしさを知ってほしいと思っています。踊ったり、寝泊りしたり、そしてお互いが持っている素晴らしい文化を見せ合うことで、みんなで一緒に喜びを分かち合って生きていきたいと考えています。
父はとても厳格な人でしたが、踊りは目を見張るほど輝いていました。父から受け継いだ踊りと、母から受け継いだ料理。その両方が、今の私の人生そのものになっています。私は、キャンディアンダンスの伝統的な記録を書籍として残すという大仕事を、スリランカですでに終えてきました。これからは、父と母からいただいたものに感謝して、いろんな楽しさを味わいながら過ごしていきたいと思っています。