表木八尋さん

表木八尋さん

下里の地に根をおろして17年。みんなが健康で幸せに暮らせるコミュニティに向けて、できることを一つずつ。

下里に移り住んで来てから、2021年で17年という大阪府出身の表木八尋(おもてぎやひろ)さん。大学を卒業後、各地をまわり辿り着いたのが、ここ下里の土地だったといいます。静かで気持ちのいい海沿いの場所で、Musubi Kitchenというスムージーのお店を構えるほか、マルシェの出店やケータリングでのお料理の提供、ヨガ講師、それにゲストハウスの運営など多岐に渡る活動をしています。

笑顔で穏やかな雰囲気のなかにも、たくましさを感じさせる表木さん。地元を離れ、下里で新たな生活を築いてきた表木さんのしなやかな生き方に触れる。

人もペットも動物も、同じいのち。

-いろんなところに行かれていたそうですが、下里に落ち着いたのはどんな理由があるのですか?

なんででしょうね(笑)。もう直感というか、そんな感じですかね。ずっと海の近くで暮らしたいというのがあって、沖縄とか、種子島とか、宮崎、高知いろんなところを回っていたんですけど、最終的にここに辿り着きました。暮らす場所を考えていたというより、旅をしていたという感じですかね。

お店を構える前は、ケータリングとか イベント、マルシェの出店だったりとか、スーパーのHATIさんでお弁当を卸させてもらったりしていました。最近はワークショップもよくしてるんですけど、そのコラボでご飯を作ったりもしています。ワークショップは、スキンケア、しめ縄作り、タイカレーワークショップなど、いろんなご縁のある方とコラボで行っています。

-本当に多様なことをされているのですね。一方で、別々のことをしているようで健康や食といった、何か一貫したものがあるようにも思います。

食事はヴィーガンやベジタリアンというカテゴリーでやっているんですけど、牛肉とか豚肉、鶏肉を食べない方が体への負担もかからないですし、野菜だけですごく満たされるんです。あと、非暴力。動物の殺生をしないというのが仏教であると思うんですけど、そういうところからお肉を食べないという選択をしました。環境面、精神面、健康などをトータルで見て、自分にはこのヴィーガンという生き方がすごく合っていると思ったのでこういうスタイルでやっています。

きっかけはヨガで、動物性のものを取る量も減っていたんですけど、やっぱりお付き合いとか、家族がとかいたりすると、お肉も作って一緒に食べるっていうのはしばらくしていました。でもあるとき、飼っていた猫が家の前で交通事故で亡くなっちゃったんですね。それがすごく悲しくて、ペットも人も、動物も、なんか一緒みたいに思えてきて。そこからお肉は食べないようになりました。ペットロスからお肉を断つという人も結構多いみたいです。

働くだけではなく、自然とともに喜びを感じながら暮らしていく。

-ところで、すごく立派な建物のお店ですよね。どうやって見つけられたのですか?

もともとは家族ぐるみで仲良くしていた知り合いの方が住んでいて。それをできるだけ自分で改装したり、知人にカウンターテーブルを作ってもらったりしました。それまでも、快適に住むために家を解体したことがあったんです。扉を取ったり、押入れを壊したり。簡単なことしかできないですし、正確さとか機能的にというのはまったく素人なんですけど、それでも家のなかは住みやすいようにリノベーションされていると思います。

-お店やそのほかの活動について、これからの予定があれば教えていただきたいです。

ゲストハウスがあって、古民家の一軒家を4名限定の貸切でやっています。ペットも OK。マッサージの仕事もしているので、ゲストハウスに宿泊された方にマッサージを提供したり、ご飯やスムージーをお出ししたり、それをいろんなことに繋げられたらなと思っています。

あとはWWOOF(ウーフ)を取り入れたりしながら、たとえば自然の近くで暮らしたいけど住む場所もないという若い人に畑やお店に入ってもらって、お互いのニーズをエクスチェンジしながら上手に回していけたらいいですね。そんなふうに、働くだけ、仕事だけではなく、自然とともに本当に喜んでやっていけるような流れを体系化できたらと思っています。

実はもう一軒家があるんです。2、3組くらいは寝泊りできる広めの造りなので、今度はそこをリノベーションなりして、WWOOFerの受け入れ施設やシェアハウスみたいな形で利用できたらというのがあって……もう何者かわからないでしょう(笑)。自分でも説明しにくくて。ざっとそんな感じです。

※WWOOF(World Wide Opportunities on Organic Farms):有機農場で無給で働き「労働力」を提供する代わりに、受け入れ先が「食事・宿泊場所」「知識・経験」を提供するボランティアシステム。参加者をWWOOFer(ウーファー)という。

自分が作ったものを喜んでくれる。そんな些細なことが今に繋がる。

-移住といっても、下里で暮らし始めてからもう十数年になると思いますが、何かこの地域で感じている変化などはあるでしょうか?

そうですね。空き家も多くなってきましたし、少し前まではお茶づくりや畑をしている人が多かったんですけど年々荒れてきていますね。過疎化は進んでいると思います。一方で、若い人や面白いことをしている人も増えてきているので、これから良くなるのか、衰退していくのか、というところだと思います。

人がどんな意識でそこに住んでいるのかとか、在り方、考え方ですかね。移住してきても、仕事がなくて外に勤めに行くと、やっぱり地域が良くなっていかないですよね。その地域で田畑をしたり、たとえば大工さんとかでも地域の資源に特化して森を良くしていったり。お金が回ることと、自然環境を良くすること。そういう意識の人たちが町をつくっていくんだと思います。

-地域に仕事がない場合、自分で一から始めるというのもハードルがあると思います。表木さんはこれまで様々なことに取り組んできていますが、最初はどんなふうに始められたのですか?

会社に勤める方が気楽だったり、一定のリズムでできるという安心感があると思うので、それはそれでいいと思います。私もアルバイトや介護の仕事はしていたんですけど、やりがいとかを考えたら、自分でするというのが自分には合ってた。やりたいことがあれば、副業的に自分の好きなことを形にしていく方も多いですよ。副業で始めて、思い立って起業しました、みたいな。自分の身内からでもいいし。副業をするのも人との繋がりありきだから、そういう意味でご縁にはすごく恵まれていたのかなと思います。

お店を始めるときも、最初は育てたお米で作ったおむすびを箱に入れて、お店の前の浜でサーファーの人に「おむすびいりませんか?」みたいな感じで。本当に仕事とは言えない仕事から始めました。サザエおむすび一個100円とか、無農薬のお米100円とか。遊びの範疇という感じでしたね。商売的なことを考えずに、自分の作ったものを喜んでもらうっていう。そういう些細なことから始めてみるのをお勧めします。

心と体の声を聴き、地道でかろやかな生き方を。

-人との繋がりによって、自分の想像以上に展開していくこともありますよね。最後に、今後の目標や、大切にしていきたいことがあれば教えてください。

ここの地域を、より豊かに、住みやすいところに。みんなが健康で幸せに暮らせるコミュニティ作りというのは、本当にずっと昔から思っていたことなんですけど。それを念頭に、自分自身は軽やかに、いろんなところでいろんな体験をして、生きる喜びを常に感じていたいと思っています。

ゆくゆくは、こちらにも拠点を作ったまま、海外も含めてまったく違う地域で旅をしながらマッサージやケータリングの仕事をし、そこでの繋がりも持てたらいいなというビジョンがあります。ここでしっかりと地に足をつけた生活もしていたいし、好奇心というか、外の世界も見てみたい。いろんな良い活動をしていらっしゃる方がたくさんいると思うから、そういうのを学びに行きながら、自由に楽しく仕事や生活ができたらなと思っています。そこでまた新しい交流が生まれたり、良い循環ができていくことを目指しています。

-健康面や精神面、自然環境や地域のことに意識を向けつつ、できることから一つひとつ積み重ねてこられた表木さん。何より、自分に合った生活スタイルで喜びを感じながら生きることを大切にしているようすが伝わってきました。楽しいひとときをありがとうございました。

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